聖徳太子の愛馬の墓との伝承を持つ!


博士
・前方後円墳が完全に削り取られているたm、墳丘規模は確定していないが、全長60m級の前方後円墳と考えられている。
・斜面に敷かれた葺石と、埴輪、土師器が出土。
・出土した遺物から、古墳の造営年代は、4世紀後半頃と考えられている。
・埋葬施設については、「墓壙(ぼごう)」の掘り下げを行っていないため明らかではないが、墳丘に乱れがないことから、未盗掘である可能性もある。
聖徳太子の愛馬「黒駒」とは?
●甲斐国から聖徳太子に献上された名馬で、3日間で甲斐・信濃・越の国々を巡ったと言われています。また、聖徳太子を乗せて富士山の頂上に駆け上がったエピソードは有名です。
●林宗甫『和州旧跡幽考』(江戸時代前期)によると、太子が亡くなられた日、黒駒は悲鳴を上げ、太子の墓所の前でいなないた後に亡くなったとされており、憐れに思った群臣たちが墓を造ったといわれています。



